安全を確かめてから、忠明は公園に戻った。
驚いた事に、少女は忠明の腕の中ですやすや眠っていた。
額にはうっすらと汗が滲み、そこにブロンドの前髪が張り付いている。
真夏の昼間、炎天下を連れ回されたのだ。
暑かったろうと忠明は思った。
ビルの陰でスーツを脱いで、かわいそうだが少女を起こし、公園の駐車場に向った。
昼過ぎの真夏の公園に人影は少ない。
少女は鳩を見つけると歓声を上げて追いかけた。
彼女のクリクリしたショートヘアーが金色に輝いて、開いたり、閉じたりしている。
この少女もドールになるまではきっと、何かに悩んだり、
喜んだり思春期の少女らしく毎日を生きていたんだろう。
好きな男の子も居たかも知れない。
なのに、その記憶がすべて消えて何処かへ行ってしまった。
忠明にはどんな記憶にしろ17年間の記憶が有る。その記憶こそが、
忠明が忠明である証なのだ。それを失った少女を哀れと思った。
車を駐車場から出しチューブに侵入すると、家に向った。
アロンソが居るので家には連れて行かずに、研究所の方へ直に行った。
今日は博士の助手のケビン・クロウが来ている筈だ。
ケビンは孔明博士の教え子で、今は大学で助教授をしているが、
週二日、ここの研究所で孔明博士の助手をしている。
もっとも、約束では週二日の筈が、ほぼ1ケ月毎日見かけることも有った。
大学での勤めはどうしているのかと思ったこともある。
少女の肩を抱き「やあ」と挨拶をして孔明の書斎に入る忠明に、
何か得体の知れない機械の塊に向っていたケビンが、声を掛けた。
「ウォ! 彼女?」
自由に撥ねている色の薄い金髪を目の前から掻揚げながら、ケビンは珍しそうに言う。
言いながらそうは思っていないのが、見て取れる。
忠明に彼女が居るはず無い。そう思っている筈だ。
(正解!)
心中で答えながら書斎に入った。
忠明には分かっていた。
自分の記憶の奥深くに住み続けている、一人の女性以外に心惹かれる人など居ない事を。
書斎では孔明博士が待っていた。忠明が腰掛けさせた少女を観察し、首を横に振った。
「これはあまり良い状態ではなさそうだね。神経もちゃんと繋がっては居ないようだし、
酷い手術をされたようだ。身元が分かるものを持っているだろうか?。
家族と話をしないといけないが」
「メアリーを呼んで、身体検査をしてください。
何か迷子札のような物を身に付けているかも知れません」
「じゃあ、取り敢えず、家のほうに連れて行けば如何ですか?」
「でも、アロンソが居ます」
「いいじゃあないですか、どうせ君の部屋に居るのでしょう? 大丈夫ですよ」
忠明は時々、孔明博士がアロンソを巻き込んでもいいと思っているのではないかと思う時がある。
この事を楽しんでいる節も見える孔明博士。十分ありえる。
「仕方ない、連れて行きます」
「はい、はい。じゃあお嬢さん、後でね」
仕方なく忠明は少女を家に連れて帰った。
メアリーを呼んで開いている部屋に少女を入れ、
身元の分かるものを携帯していないか調べるように頼んだ。
居間で待っていると、少女とメアリーが部屋から出てきた。
「迷子札を首から下げていましたよ。これです」
メアリーが鎖についている小さなプレートを示した。
―xrw8636にご連絡ください―
プレートにはそれだけが彫りこんであった。
名前も住所も書かれていないのは、用心の現れであろう。
もしこのプレートに気付かず、連絡を取っていなければ、ドール特捜課に身元は割れていない。
「アッ、忠明、あの子が居ません!」
見ると居間に少女の姿が無い。先程は飾り棚の置物に見とれていたが……。
忠明は閉めた筈の居間のドアが開いているのに気付いた。
玄関ホールに出ると階段の途中に少女は居た。
そして、階段の上の踊り場にはアロンソが驚いたように少女を見下ろしていた。
「あっ、忠明。帰ってたのか? この子は?」
少女の高校生程の外見と幼児並みの態度に、戸惑いを隠さずアロンソは訊いた。
「え? いや、この子は父の病院に治療に来ている子で、今だけ預かっているのです」
とっさに考えた嘘である。嘘でも取り敢えず答えられた事に安心していると
「この子はサポート・スーツが必要な様には見えないけど……」
以外にアロンソが追求してきた。
「いえ、この子ではなく、この子の親が患者なのです。
見ての通りなので、治療中は家で預かる事にしたのです」
「ふーん」
それでもアロンソは納得がいかないようだ。
「さあ、部屋に戻りましょう。メアリー、連れて行って」
「はい。さあ、おやつにしましょうね」
メアリーは少女の手を取って居間へと導いた。
部屋に入ってソファーに座ったアロンソは、向いに座った忠明を斜めに見るようにして
「なあ、何かあるんじゃあないの? 隠している事。この間は、急に出て行くし、
そしたら、親戚って言う人達がここに居て。今日も急に出て行ったと思ったら、あの子が居るし。
ねえ、俺に言えない事? そりゃあ、聞く権利無いかもしれないけど……。
聞いても絶対に他言しないよ。もし、お前が内緒で何かしてるなら、俺が居ると邪魔だろう?
いや、なんだ、こうやって毎日世話になっているのに、更に邪魔になるなら……」
「僕は何もしていませんし、君を邪魔だとも思ったことはありません。君は今まで通りでいいのです」
忠明は困った。
自分が隠し事をしているせいで、アロンソが気を使っている。
でも、この事にアロンソを巻き込むことは出来ない。アロンソは家族の期待を担っている。
忠明はその為の彼の努力も知っている。彼の将来に傷をつける可能性のある事は、
避けなければならない。
「俺は……、いや、いい」
これ以上言えば返って忠明を困らせる。そう思ったのだろう、
言葉を飲み込んだアロンソは、悲しげにも見える笑みを忠明に見せた。
メアリーがスピーカーを通してお茶を取りにくるように伝えて来た。
少女から目を離せないのだろう。それを聞いたアロンソが「俺が行くよ」と下に降りて行った。
彼の気遣いが、返って忠明に居心地の悪さを覚えさせた。
しかし忠明はアロンソが居ない間にすることが有った。
例のプレートに記されていた連絡先に通信を繋いだ。携帯端末の番号である。
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